凛とmonalisa

2017-04

南イタリアの旅 Ⅲ (青の洞窟~ポンペイ) - 2014.08.04 Mon

ナポリのホテル Holiday Inn 発7:40。イタリアを代表するリゾート、カプリ島へ高速船に乗って観光です。ガイドブックによると、「ナポリを見て死ね」と言う諺を納得させるナポリの峰の眺望だ・・・という事ですが!?
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モーロ・ヴェベレッロ港には、豪華客船『Celebrity SILHOUTTE』が寄港していました。 
いつの日かクルーズライフを・・・と思っていますが、充分楽しむためには、それなりの趣味が必要ですね!?
客船上で起こる様々な人間模様を、ロマンチックかつユーモアに描いたTVドラマ『ラブ・ボート』が昔ありましたが、、このドラマ『ラブ・ボート』の撮影は、世界的なクルーズ会社であるプリンセス・クルーズの客船で行われクルーズ・ブームの火つけ役になったそうです。
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水曜日なのに結構な観光客。もうみなさん、夏休みに入っているのでしょうか!?
ベスビオ火山が見え、ナポリのモーロ・ヴェベレッロ港から8;35発便でカプリ島北岸のマリーナ・グランデまで45分。このカプリ島は、元々はテレボアイ人が住んでいた島でしたが、ローマ帝国のアウグストゥス帝が「快楽の島」と讃え愛し、保養していた島で、その養子ティベリウスはこの島に隠遁しながら政治を執り行ったそうです。
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船ではポパイみたいな船員さんが軽食コーナー、お土産のPRを愉快にやっていて、手提げバックが5ユーロと言うので買いました。船員さんが「日本では、これを何て言うのか?」と聞いて来たので「フクロ」と言い・・・それからちょっと茶化して「オフクロサン」と言ったら、語気を強めて「オーォ、『オ・フ・ク・ロ・サ・ン』」と来たもんだから、皆で大笑い!!「5ユーロは安いわね」と、そこで何枚か売れました~よ。
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┃★┃青の洞窟
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カプリ島

カプリ島に着いてマイクロバスに押し込められ、狭いガタガタ道を揺られて山越えをして青の洞窟入口に・・・
青の洞窟には、①我々のようにマリーナグランデ港から山越えをしてバスで来るグループと②ロープウエイでアナカプリまで出てバスで来る方法、③マリーナグランデ港から、中型船で20分程度、カプリ島を回りこむように移動し、青の洞窟の入口に到着する方法の3つがあります。
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山の上の崖を下って行くと、ありがちな土産物屋が・・・城ケ島にもこんな風景見られたわね・・・などと思いつつ
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なお下って行って、待つこと1時間。
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やっと小舟に乗れるのか・・・と思いきや船着き場には中型船でカプリ島から移動して乗船を待っているグループが10船ほど・・・現地案内人のマリーヤさんによると「あの中型船は我々より30分早いナポリ発8時5分の人たちだ!!つらい思いをして山越えしてきた我々の選択は正しかった!!」と・・・。入り口で、最大5名乗りのボートに乗り換えて、入る順番を待ちます。混んでいると、2時間程度、ここで待機することもあるそうで、船酔いに弱い方は注意です。
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青の洞窟には小型ボートに乗り換え、洞窟に入る順番がきたら、波のタイミングをはかって船頭さんがチェーンをたぐり、いよいよ洞窟に通じる小さい穴を、全員が仰向けにのけぞりながら入ります!!青の洞窟の入り口は、波が押し寄せると入口が見えなくなるくらい狭く、一艘しか入れず、おまけに天候や波の高さ、風などのすべてが揃わないと入れないので、なるべく頭を低くするように言われます。好機を待つ船長さんを囃し立てる歌声が面白い。ナポリ語で何チャラ言っていました。ナポリ語は、そうとう訛っているそうで現地の人しか分からないようです。
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この青の洞窟は、入れないことがあるため、海外ツアー客をやきもきさせています。
青の洞窟の入り口は、波が押し寄せると入口が見えなくなるくらい狭く、乗船したら「頭を下げて、手は下に~」と命令されます。幅約2メートル、高さなんと1メートル!の狭い洞窟の入り口には、鎖が取り付けてあり、好機を伺い「それいくぞ!!」の合図で、船頭が引っ張り一気に中に入ります。これは、波が高かったら入れないナ~と納得の入り口です。
よくまあ、こんなところを見つけたもんだと感心するのもつかの間、中に入ると・・・「頭を上げて・・・」そこは、マリンブルーの世界。海底から青いライトでライティングしてるのか?と思うほどに眩く輝く青い海が待っています。
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「Andiamo!」の合図と共に、頭と手をボートの中に入れて、いざ、洞窟へ~ 
「アタマ、アゲテ~(日本語で言ってくれます)」
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洞窟の入り口は海面すれすれの小さな穴で、そこから射し込んだ日光が、海水を通り石灰岩の海底で屈折反射して、洞窟の海面全体を青く浮かび上がらせる・・・という仕組みなんです。海面の色は太陽光の角度や量によって変わるので、その日によって微妙に異なり、最もきれいな青に輝くのは午前中の傾斜角が良いそうです。
青の洞窟
絵葉書から

あっという間(5分位)に洞窟の外に出ると、1ユーロで十分なんですが・・・「チップ,チップ」と要求されます。
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添乗員さん情報によると、2日前はグループの半分は体験できたが、波が高くなって残り半分のグループは体験できなかったとか~前日の旅行者は、カプリ島に渡る船の中で「今日は、波が荒れていてダメ」との情報で断念したとか~事実我々のツアー客には、「2回目の正直!!」というほどの切望者がいたのです。
青の洞窟に入れる確率は、どのくらいあるのでしょうか?
天候、波、風の状態により、午前は入れても、午後は入れないこともあるそうです。、
HK社のパンフレットにあるデータを転記すると (数字は%)・・・
年      4月     5月     6月     7月     8月     9月
2012    34     63      93      72      92     76     
2013    67     81      77      97      87     60
寒い時期には、入れる確率が低いようです。100%という数字がみられないように、青の洞窟へ入るには運も必要。地球温暖化により海面が上昇すると、青の洞窟の入り口がますます狭くなり、そのうち入れなくなると言われています。行きたい方は早めに計画されるといいかもしれません。
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青の洞窟体験が早く終えたのでランチもカプリ島で・・・
メニューは、カプレーゼ、シーフードリゾット、チョコレートケーキです。
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カプリ島の土産物は、カプリウオッチが有名だそうですが趣味ではないの絵葉書を

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┃★┃ カメオの歴史
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ポンペイ遺跡の見学の前に、イタリアでは有名な貝細工・カメオの工房の見学でした。場所はポンペイ市内でしたが、観光客が立ち寄るお決まりのコースになっているらしく、かなり混雑していました。10年前にも、旅行の折に、トーレ・デル・グレコの某店に連れていかれ、「ラスベガスで引退公演をした折に出品したカメオ」というカメオ彫刻家のブローチを買ったので、今回はシェルランプのようなものが欲しかったが、気に入ったものはなかった。
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カメオは、ギリシャ語で『浮彫』
ギリシャ人は、大きな町(マンヤグレーチャ)で、貧しい人たちが色々な飾りを作った。
ローマ時代紀元前1世紀 ローマ人は、家の外には大理石で、また貝や珊瑚も使って浮き彫りを作った。
カメオは、古代エジプトが起源で、端々に彫刻した印章だといわれています。その印章は、中に切り込んだという意味で、線で描くように掘っていくのでできた絵は凸凹のになっている。ギリシャに伝わり、芸術的に洗練され実用と装飾を兼ねた工芸品となったのがカメオの起源です。お守りのような神聖なものとして使われた・・・ということが、ポンペイの遺跡から明らかになっているそうです。
正確には表面に浮き彫りを施したものをカメオ、沈め彫りを施したものをインタリオといいますが、カメオとインタリオをまとめて「カメオ」と呼ぶ場合が多く、掘る職人の芸術は難しくなったが表現力が豊かになって、印章界は発展してメダル、バッチ、盃などが作られるようになる。一時カメオ生産は中止されていましたが、ルネッサンス時代に貝に彫ることがナポリあたりで伝統工芸で復活しました。今では、イタリア近海では貝は採れず、アフリカのインド洋で採られる貝が使われ、オレンジのコルデリア、茶色のサルドニックスがあり、サルドニックスの数が少なくなり高価だそうです。掘る職人の技術によっても値段が違うんです。カメオの価値を決める要素は、①彫刻家 ②彫刻技術 ③コントラスト ④大きさ ⑤厚さ ⑥色合い などにあり、最重要視されるのは彫刻家名だそうです。絵画と同じなんですね。

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┃★┃ ポンペイ遺跡
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イタリアのナポリからバスで約30分にポンペイ遺跡はあります。
イタリアにあった古代都市で79年のベスビオ火山の噴火により埋もれてしまいました。
ローマ人の高級別荘地として繁栄した都市で最盛期の人口は約2万人といわれています。。
18世紀に本格的に発掘が開始されて、現在は主要な部分が有料で一般にも公開されています。
1997年に世界遺産として登録され、一年中、多くの観光客で賑わっています。
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剣闘士の宿舎が見えます。右側は、お墓・・・と言っていました。
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ポンペイの街の南東に設けられた【スタビア門】から入りました。
南側一帯は、城壁と言うか要塞にも似た形態を顕著にしています。
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【剣闘士の訓練場】入口ゲートの向こうには現代イタリアの光景が広がって、青く澄んだ南イタリアの空、ベスビオ火山の頂きが見えました。
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【小劇場】の舞台の中央に立つと、急に声が大きく響きます。まるで拡声器の様に・・・なぜ??
床に空のアンフォラ(素焼きの壺)を100個ほど埋め音響効果を高めているそうです
当時は屋根付きで最高の音響効果を得ることが出来たようです。
劇場としてだけではなく、地方自治体の集会所等としても利用されていました。
床は、大理石で出来ているんですって~

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A.D.62年の地震後、【アッボンダンツァ通り】はスタビアーナ通りとの交差点近くを中心に、街の商業活動の中心地となっていたらしい。実際発掘された商店街はいずれも新築されていたが、民家は運命の大噴火を迎えるまで修復作業はされていなかったそうです。港湾都市でもあったため商業が盛んで人通りも多いため、大きな通りは石で舗装されていた・・・という。
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石畳には、当時の馬車の轍が・・・見事!!
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通りには数件の居酒屋の他、洗濯屋、染物屋、フェルト工房、鍛冶屋などが並んでいた。
バーカウンタの穴にはワインを入れていたそうですよ。その頃からワインがあったんですね。
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パン屋のオーブン
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アッボンダンツァ通り沿いにある【スタビアーネ浴場】です。
浴室は男性用、女性用に分かれていて、男性用のほうが大きかったようです。
カリダリウムにある丸いものは、火照った体を冷やすために冷水が出てきていた噴水だったようです。
古代ローマの浴場には、床暖房までそろっていて、フリギダリウム(冷浴室)、テピダリウム(温浴室)があり、ラコニウム(サウナ)や湯気の雫が両側に流れるように、天井はドーム型になり溝があります。大理石の浴槽。男性側の天井には洗練されたスタッコ装飾。野原に立つバッコスの巫女を、二つ編み模様の四角い枠で囲み、四隅の丸盾のなかにキューピットがえがかれているという。大きな組紐文で菱形を形成している。彩色は赤が残るだけだが、当時はもっと華やかだったでしょう
<スタビアーネ浴場>
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逃げ遅れた人々は火山灰の下、窒息死してしまいました。肉体は朽ち果て火山灰が固まった空洞が残りました。
ある研究者がその空洞に石膏を流し込んだところ人間のその時の姿が現れました。
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娯楽とはちょっと異なりますが、ポンペイには多くの娼館【ルパナーレ】があったそうです。
ルーパ・雌狼というのが、ラテン語で売春婦を意味するそうで、発掘され修復されたフレスコ画には、娼館での営みを描いたものが多数ありました。一説には、ポンペイはローマやナポリなど大都市の富裕層の別宅があり、そこに来る人が通っていたとも言われている。
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部屋の上部分に描かれているのが見える絵が、これがメニュー代わりだったそうです。
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小部屋の中の様子は、体の筋でも違えそうな狭さと、壁と同じ様に石造りなのに驚き!
この上にマットレスを置いていたそうで、部屋の木の扉には、女性の名、メニューの値段と「現在使用中」の札があったのだそうです。
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働く女性たちは奴隷身分で、多くはギリシャとか中近東からで、そして自由民の売春婦もいたそうです。
マリーヤさんが、「この絵は不思議ですね?不思議と思いませんか?」と聞くんですが、意味が分からずいたら「この絵は男性同士を描いた絵なんですよ!?」と・・・。「いつの時代の人間も変わらないわね!!」と何処からか声が~
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ルパナーレに隣接する薬局(蛇が薬のシンボルマーク、フレスコ画)
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馬つなぎとルパナーレの方角を知らせる男性のシンボルマークが、メインストリートに
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ポンペイで一番裕福な家庭 【ファウノの家】
(アレクサンダー大王の戦いのモザイク画は、この家の奥で見つかる)
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【共同水飲み場】では、淵に手をついて蛇口に口を近づけて水を飲んでいたのでこの様に手の後が磨り減ってしまったそうです。古代の水道は鉛管を使ってました。水を流しっぱなしにしていないと腐敗、中毒してしまいます。山奥から水道橋を通って大量に水が運ばれていたとのこと。大量の水の放出で道路は常に泥濘んでいたらしいです。
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地下に埋められていた鉛の水道管が一部露出しています。古代ローマ人の遺骨を分析すると高度な鉛成分が検出されるそうです。これはワインに甘味を加えるために鉛コーティングした容器に入れて加工したためという説があります。しかし、鉛の水道管の影響も少なからずあったのではないでしょうか?因みに、原因不明の病に苦しんだベートーヴェンは、ワインに添加された甘味料による鉛中毒が原因だった可能性が高いそうです。
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舗装された道路や歩道は当時のままだそうです。馬車は中央の車道を走り、歩行者は車道の左右に設けられた歩道を歩きます。雨で冠水しないように、歩道を少し高くする工夫が見られます。また、人が立っている場所には、車道が冠水した時にも渡れるように飛石が設けられています。大きな石は、馬車止めです。
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石の間に埋め込まれた白い花崗岩が月明かりを受け、通りを照らして、夜道でも道が分かるように、路面にはキラキラ光る蛍光材(猫目石)が埋め込まれています。て写真に小さく白っぽく写っているものがそれです。
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マリーナ門からすぐのところに、憧れの光景・・・ポンペイの中心地だった【フォロ】です。
フォロは歩行者だけが入場を許される広場で、その周りは建物で囲まれていました。
その建物の柱が広場の左右に並んで残っています。これらは列柱と呼ばれており、右側が東列柱、左側が西列柱と呼ばれています。ヴェスヴィオ火山の噴火でポンペイの都市は埋まったわけですが、その火山灰の深さは何と6mにもなったそうで、その重みで、建物の屋根はほとんど崩壊し、壁や柱が残っているという訳です。
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フォロの中央部東側に面した所に小さな四角い門があります。女性神官エウマキアが寄進した、【エウマキア館】の入口です。エウマキアとは毛織物業で財を成した女性。左右の門柱の大理石には繊細なアカンサス唐草のレリーフが施されています。この時代にこのような精巧な細工がなされていたとは驚きです。現在は、保護のためにプラスチック製の透明カバーが被せられています。アカンサスの葉の螺旋模様と鳥や蛇ウサギなどが彫られていますが、アカンサスは繁栄の象徴なんです。
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エウマキア館は、羊毛職人組合の所有で、ローマ初代皇帝アウグストゥスへの忠誠を誓うためにエウマキアによって献納されたものです。この建物は布地の保管や陳列に使われ、また売買交渉にも使われたそうです。この館からは、エウマキアの像が発掘され、その像はアウグストゥス皇帝の皇后リビアの衣装を身に着け、皇后を気取っていたとも言われています。
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【ユピテル(ジュピター)神殿】には、主神ユピテルを含む、ジュノー(ユピテルの妻)、ミネルバ(知恵と武勇の神)の三神が祀られ、ポンペイで最も重要な神殿だったそうです。今日ポンペイで見られる神殿の中でも最大規模を誇り、かつ保存状態も良い方だそうです。後方の神殿本体部分や前方のファサードを支えていた列柱から、在りし日の神殿の姿を想像することができます。フォロ周辺が最初に整備された紀元前2世紀頃、この神殿も併せて建立されたと考えられています。ユピテルはローマの神々を束ねる至高の神ですので、この場所に祀られるのは必然だったのでしょう。ローマでは、カピトリーノの丘にユピテル神殿が建っており、現在でも博物館内部で神殿の基盤部分を見ることが出来ます。
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2階建ての列柱
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ユピテル神殿の右手に見える建物は【マルケム】と呼ばれ、ギリシャ語で「市場」のことです。 その名の通りここでは市場が開かれ、一番賑やかな界隈だったのでしょう。かまぼこ状の模様がある建物は、両替所だったそうです。外国人は、ここで両替を済ませて市場に入って行って買い物をしたのでしょう。
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フォロの西側には、ポンペイ史の中で最も古い遺構の【アポロ(ゼウス)神殿】が隣接しています。建立は紀元前6世紀とされ、現在の姿になったのは紀元前2世紀と推定されています。ゼウス(アポロ)はギリシャ神話の最高神で、ポンペイの守護神。しかし、その後アポロ信仰が徐々に廃れ、最高神ユピテル(ジュピター)がこれに取って代わりました。中央部にあった神殿本体は、基盤部分を除き遺されていませんが、周囲の48本のイオニア式柱廊は良好な状態で遺されています。チェッラと呼ばれる聖像安置室は、典型的なイタリア風の高い基壇の上に設けられています。中央の白い台座は神に生贄を捧げるための台だったそうで、ローマ支配下に入ったスッラ時代の碑文が刻まれています。アウグストゥス帝の時代には、チェッラの左に見える白いイオニア式円柱を用いた日時計も設置されていたそうです。
この神殿だけはフォロの設計思想から外れており、フォロとは無関係の方向へと向いています。元々アポロは芸術を司る神です。皇帝ネロは、ギリシャ文化に傾倒したこともあり、アポロ神への信仰が特に篤かったことはよく知られています。
アポロ神殿

【マリーナ門】は2つのアーチがありますが、左側の小さいほうは歩行者用、右側の大きいほうは馬車用で、見学者は馬車用の通路を通っていきます。このマリーナ門は海側に位置しているので、ナポリ湾で水揚げされた海産物を積んだ荷馬車がたくさん通っていたことでしょう。 現代では海岸線まで約2kmと後退してしまっていますが、ローマ時代は海まで500m程度でした。では古代ローマの石畳を踏みしめて門をくぐっていきます。
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ポンペイ遺跡巡りは、ざっと1時間半。11年前の記憶が蘇ったところは、ファロとルパナーレだけです。
地図を調べてみると、門は、7か所ありました。きっとアクセスも違ったんでしょう!!
ポンペイ遺跡map

ナポリで夕食。やっとピザにありつけたが1人1枚は多すぎます~ね。
ナポリピッツァ(ピッツァ・ナポレターナ)とはナポリタイプのピッツァという意味で従来のピザと差別化して近年認知されているものだそうです。 特徴として縁の部分(コルニチョーネcornicioneと呼ばれる)が大きく膨らんでいることが上げられる。また400℃以上にもなる高温の薪窯で一気に焼くことにより、表面は少し焦げるぐらい焼けてパリっとしているが、中はふんわり、もっちりとした食感が楽しめ、二つ折りや四つ折りが簡単にできるぐらい中央部分は柔らかい。焼き時間はほんの1分半程度である。
ナポリピッツァを語る上で特に重要なのが生地。小麦粉で練ったシンプルな配合の生地は時間をかけて熟成、発酵させることで小麦粉の美味しさを最大限に引き出し、そのふくらみをつぶさないように手だけで優しく延ばしていく。これが焼いた時のパンに似た香りや消化にも良い優しい食感を醸し出すのだそうです。
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ここは、やっぱりワインは、「ラクリマ・クリスティ・デル・ヴェスヴィオ」 デザートは「レモンシャーベット」ですね。
ラクリマ・クリスティ・デル・ヴェスヴィオという名前は「ヴェスヴィオ火山の村のキリストの涙」という意味です。
キリストがサタンの仕業で荒れ果てたナポリの町を見て流した「キリストの涙」が落ちた所から葡萄の樹が生えて美味しいワインが生まれたという伝説から名付けられたワインです。
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3万トンのフェリーにてシチリア島パレルモに向かいます。
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船泊は、初めて~。たった1泊だけど皆さんどんな遊びをして楽しんでいるかしら?
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ナポリからパレルモまでは、約9時間。船酔いもなく・・・でも隣の話し声が聞こえて熟睡は出来ないですね。

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● COMMENT ●

monalisaさん、

♪カプリ島、 ♪帰れソレントへ・・・・と次々に音楽が浮かんできます。
癒されるたびですね。

青の洞窟はそんなに見るには条件が厳しいのですね。でも、一度で見られたmonalisaさん一行はラッキー。
行ってきた皆さんがここは口をそろえて「素晴らしい」と言ってます。神秘的な青なんでしょうね。

カメオ石のブローチ両親がイタリーに旅行した時に「娘と嫁さん3人分、4つ買うから負けてください」と母が日本語で交渉して見事に成立。お土産にもらって大事にしています。

ベスビオス火山の噴火で壊滅したポンペイ、これも世界史で「ポンペイ最後の日」という題で教科書に載っていて、記憶にあります。ずいぶん立派な遺跡なのね。

9時間の船旅、monalisaさんはダンスはしなかったの?

次々と楽しそうな旅の様子。次はどこでしょう

ikさん、今晩は~

ikさんも、やっぱり「🎶~」脳裏をかすめますか!?
パヴァロッティのBGM 付きで、ご披露したかったところですが
書くことが多すぎて、断念しました。

ハイ、幸運なグループです。添乗員さんも「100発100中」と言っていました。
青の洞窟を、見れたらこのツアーはもう終わったようなもの・・・といったら
大袈裟かもしれませんが、見れなかった時のショックを考えたら~ねェ!!
行くまでのスリルが、気持ちを寄り高ぶらせるんでしょうね。

カメオ店の第一目的はトイレ。中には、買い物をした人もいたようです。
私は、3つ持っているので、フットライトかランプのようなものが欲しかったですが
気に入ったデザインがなかったです。
お店としても3流店だったような気がします。

そうそう、買い物には、交渉・・・という手があるんですよね。

ポンペイ遺跡も、こうしてブログUPすると記憶の整理になりますね。
西暦79年8月24日の噴火で埋もれた遺跡
その時代の高尚な文化に驚きますね。

ダンスは・・・主人をリードしちゃいそうで、想像しただけでも綺麗に踊れなさそう。
本格的に習えば違うかも~ね。
そう言えば、息子は大学時代社交ダンス部で、1年の時には新人賞を取ったことがある~とか。
主人は、息子から習おうか~と言っていますよ。

次は、いよいよシチリア島に渡ります。

旅の疲れ出ていませんか・・?
これだけ大作の旅記を書かれているので大丈夫だと思うのですが
我が妹夫婦も年に3・4回洋行しているようですが
monalisaさんと同時期、スペイン・フランスに行ったのですが
土産を持って来た後、ひっくりかえったそうです、多分疲れが出たのでしょう。
もう行かないと言っていますが、もぅ行く所もないのではと・・

hotterさん、今晩は~

旅の疲れは出ていませんが、ブログに手間取っています。
もっとサラッと書ける旅行記なら良かったんですが
元々「要約せよ」という国語が苦手!!
その時その時の出来事が印象深く記憶に残っているものは書いていますので
長ったらしいでしょう!?
でも、自分の為の記録でもありますから、大目に見てくださいね!!

> 我が妹夫婦も年に3・4回洋行しているようですが
> monalisaさんと同時期、スペイン・フランスに行ったのですが
> 土産を持って来た後、ひっくりかえったそうです、多分疲れが出たのでしょう。
> もう行かないと言っていますが、もぅ行く所もないのではと・・
   年3~4回なんて羨ましいですね。
   その後、妹さんのご体調は、いかがですか?
   ヨーロッパは渡航時間が長いので、辛い・・・と友人も言っています。
   私は、帰国した次の日は、仕事でしたから~ね。
   
   昔、見てもらった占い師が
   私は、毎日魂が生まれ変わっているんですって!!
   疲れを知らない・・・ダンプみたいな私です。

「ナポリを見て死ね」と言う光景は、貴女がカプリ島に向かう高速船から撮ったのと全く逆の光景だと思います よ。貴女の写真は「こんなナポリを見ると期待はづれの落胆から死んでしまう」と多くの観光客が愚痴る光景です。



船から見てはいけません。船から見た写真のど真ん中の丘に建っている城から街並みと、ナポリ湾越しのベスビオ 火山を見た光景が絶景なのです。

貴女のこの一つ前のブログでゲーテとナポリの写真が続いて掲載されてますが、「ナポリを見て死ね」とゲ言っ たーテと、その絶景が連続してブログに掲載されているのです!光景の写真は少しアングルが悪く、港湾が見えていませんが、城からみる方向 とは一致してます。



と、いろいろ御託を並べましたが、全てネットの情報に基づく私の想像でまとめたものです。「ナポリを見て死 ね」というのは都市国家だったナポリの王が自分の町を田舎者に自慢した言葉のようです。でも昔はローマの避暑地だったようですから、建物 も瀟洒で、ほどよく配置されていてゴタゴタした街並みではなかったでしょうから、どこを見ても綺麗だったのではないでしょうか。



mystery hunter

mystery hunterさん、今晩は~

いつもコメントを下さるはずのmystery hunterさんのコメがない・・・と思ったら
迷惑コメントとして処理されていました。
8月5日に、何回もくださったようで・・・申し訳ありませんでした。

ガイドブックによると、「ナポリを見て死ね」と言う諺を納得させるナポリの峰の眺望だ・・・という事が!?と「!?」付きで、結びました。

仰る通りです。反論大いに歓迎です。

11年前に来た時は、多分あなたの仰るような高台の公園(ジャカランタの花が咲いていました)から見ました。

10年ひと昔とは良く言ったもので、ナポリも随分変わったようで
宿泊したホテルの周辺も、近代化されているようです。

お盆までには、南イタリアは、書き終わりたいのですが・・・無理のようです。

パレルモは、いろいろな人種が来て去って・・・色々な文化が花開いて面白い所です。

mhさんも11月にはイタリアに旅行されるんですよね。楽しみですね。
ナポリに行かれるようでしたら、是非mhさんなりの『これぞナポリ』を・・・お願いいたします。


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