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2017-10

南イタリアの旅 Ⅰ (イスタンブール) - 2014.07.27 Sun

当初の企画では、HK社の格安旅行でしたのに、トレビの泉が改装中だったりして催行人数に達せず、急遽KT社に変えて1週間早めの出発。7月14日から21日まで6泊8日の南イタリアの旅に行ってきました。成田発22時30分は、ゆっくり出発だから、一夜漬けな私には楽ちんです。
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ターキッシュエアライン(旧トルコ航空:2014年2月に社名変更)にてイスタンブールへ  
飛行時間12時間半。朝4時半着(時差は6時間だから日本は、15日10時半)
乗継に時間があるのでオプションで『ネリマンさん』とイスタンブール5時間の市内観光です。
イスタンブールの通貨は、US㌦(1㌦=102円)かトルコ㍒(1₤=約50円)が必要!!
空港では、有名人に出会いました~よ。誰だか・・・分かりますか?彼は、14年初秋には、トルコ、イスタンブールで、日本・トルコ外交関係樹立90周年を記念する友好イベントを企画中なのだそうです。
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空港から旧市街地に行くまでに垣間見えるマルマラ海は、トルコのアジア側とヨーロッパ側の間にある内海で、北の黒海とはボスポラス海峡、南のエーゲ海(地中海)とはダーダネルス海峡を通じて繋がっています。
イスタンブールは、アジア側とヨーロッパ側を行き来する街でとても渋滞していましたが、マルマライ計画(Marmaray project)によって、ボスポラス海峡を横断する海底鉄道トンネルが作られ、渋滞が解消され便利になったんだそうです。この工事は日本の大成建設によって行われたそうです。マルマライ計画(Marmaray project)のMarmarayとは、計画区域のすぐ南にあるマルマラ海 (Marmara) と、トルコ語で鉄道を意味するrayのポートマントー(混成語)・・・ということです。
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イスタンブールのヨーロッパ側の旧市街地には、古代ローマ時代のコンスタンチノーブルと言う街を囲みマルマラ海からキンカク湾まで繋がる15,000mの城壁の遺跡がある。城壁は、1000年くらいのビザンチン帝国の首都コンスタンチノーブルを色々な民族からの攻撃を守った。
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トルコ人モハメット2世が1453年大きな大砲でこの街を攻撃して征服。コンスタンチノーブルはイスタンブールに変えられ、宗教は、キリスト教からイスラム教に変わったんだそうです。
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┃★┃ ヴィルヘルム2世の泉
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ブルーモスクの前、スルタンアフメット広場にあります。オスマン帝国末期の1899年、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世のイスタンブール訪問を記念してヴィルヘルム2世より、アブドゥルハミト2世に贈られた泉亭です。その後、第1次世界大戦でドイツ側についたオスマントルコは敗戦国となりアタチュルクの革命へつながります。八角形をしていて、イスラム教徒とキリスト教徒の教育の平和を象徴している。
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金色のきれいなドーム天井は、豪華な装飾で彩られ、内側には、ヴィルヘルム2世のサインと、アブドゥルハミト2世の花押(スルタンのサイン)が交互に飾られています...
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┃★┃ ローマ時代の競技場跡(ヒッポドローム)に立つオルベスク
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スルタンアフメットのブルーモスクのすぐ横の広場、アト・メイダン(馬の広場)は、3世紀に造られ、かつて10万人もの人を収容したとも言われている競技場ですが、現在は綺麗に整備された緑のある広場になっていて、ベンチも設えられ、市民の憩いの場となっています。その縦長の広場には、3つの碑が建っています。4世紀ごろは、ローマの宮殿があって、ローマ人は馬車のレースを見に来たローマ皇帝をここで見ることが出来た。その後、オスマントルコ人は、凱旋式など、色々な儀式の広場として利用した。
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【テオドシウスのオベリスク】
紀元前16世紀、エジプトのトトメス3世によって建てられたこのオベリスクは、テオドシウス1世がコンスタンティノープルへと運ばせたもの。四面にヒエログリフが刻まれ、また大理石の台座には、テオドシウス1世にまつわる彫刻が施されています。元は高さ60mもあったといわれていますが、現在は20mしか残っていません。
オベリスクの名称は後世のギリシャ人がobeliskos(串)と呼んだのが起源で、当時のエジプトでは「テケン(保護・防御)」と呼ばれていた。ほとんどは四角形の断面をもち、上方に向かって徐々に狭まった、高く長い直立の石柱である。大きいものではその重量が数百トンにも及ぶ。
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先端部はピラミッド状の四角錐(ピラミディオン)になっており、創建当時はここが金や銅の薄板で装飾され、太陽神のシンボルとして光を反射して輝くようにされていたとされる。また、その影を利用して日時計としての役割も果たした。
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古代オベリスクの起源は、太陽信仰のヘリオポリスのベンベンを模式化したものと考えられている。側面には王の名や神への讃辞がヒエログリフで刻まれ、太陽神と共に王の威を示す象徴とされた。
後の時代にローマ帝国がエジプトに侵攻すると、オベリスクは戦利品として頻繁に略奪された。4世紀に首都となったコンスタンティノポリスの競馬場にも略奪したオベリスクが運ばれ、現在のイスタンブールにも残っている。以降の時代も欧州諸国からの略奪は続き、それらの国の公園や広場の装飾品に用いられた。フランスのコンコルド広場や、バチカンのサン・ピエトロ広場にあるオベリスクはよく知られている。そのため、現代エジプト国内に残されたオベリスクはカルナック神殿やルクソール神殿などにわずかに残るのみとなった。
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トトメス3世のオベリスクの台座。テオドシウス1世が競馬場の観覧席から勝者に月桂冠を授けているところ

エジプトのオベリスクはその多くが花崗岩で制作されていたが、20世紀以降に南米で制作されたオベリスクの中には鉄筋コンクリート製のものもある。

【ヘビの円柱】
現在はらせん状になった青銅製の柱としか見られないのですが、元は三匹のヘビがからまり、先には三匹の頭もあったようです。これは、紀元前479年にペルシャ軍に勝ったのを記念してギリシャ・デルフォイのアポロ神殿に奉納されたものを、コンスタンティヌス1世が運んできたものです。なお、三匹のヘビの頭は、第4次十字軍によって持ち去られ、その内の一つはイスタンブールの考古学博物館に収められています。
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【コンスタンティヌスの柱】ウオールノクロム
テオドシウスのオベリスクの奥に見えるのは、10世紀、コンスタンティヌス9世によって建てられたコンタンティヌスの柱。この柱は高さは32mで、粗い石材を積み重ねて造られたものです。かなり痛んだ印象を受けるのですが、元々は周りを青銅で覆われたものだったようです。その青銅にはいろいろの説明があったそうですが、、第4次十字軍によって剥がされ、今はベネチアの博物館に展示されている。一番上にはシンボルの4頭の馬に引かれている馬車の像があったが、十字軍に盗まれ今は、イタリアのサンマルク教会の前に展示されている・・・なので、円柱についての知識がない・・・とネリマンさん。。
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イタリアのサンマルク教会の前の4頭の馬

ヒッポドロームの3つの碑、それぞれに歴史が刻まれていて、とても興味深いものでした。

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┃★┃ スルタンアフメト・モスク (ブルーモスク)
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トルコのイスタンブールを代表するモスクで、世界遺産であるイスタンブルの歴史地区の歴史的建造物群のひとつです。オスマン帝国の第14代スルタン・アフメト1世(当時14歳)によって1609年から1616年の7年の歳月をかけて建造された。
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設計はメフメト・アー。世界で最も美しいモスクと評される。世界で唯一優美な6本のミナレットと直径27.5mの大ドームをもち、内部は数万枚のイズニク製の青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、白地に青の色調の美しさからブルーモスクとも呼ばれる。

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床は、大理石で出来ている。噴水とジャグジーはモスクの中に入る前に身を清めるためのもの。
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スルタンは、アヤソフィアのような立派な見事な建物を作りたかったが、建築物としてはアヤソフィアほどではないが、中の装飾は、価値がある青色のタイル、青色のステンドグラスで飾られ鮮やかだそうで、中に入る時間がありませんので、入り口から中の様子を伺いました。
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約400年前からある2万枚以上の青いイズニックタイルを見てあるトルコ人作家が「ブルーモスク」と表現し、そこから「ブルーモスク」と呼ばれるようになった・・・というタイル
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なかでも画像の四角い柱部分のタイルは特別だそうです。
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                                                             参考:webより
通常、モスクの周囲にはその規模によってミナレットと呼ばれる尖塔が1~4本設置されます。一番大きいモスクでも4本が普通ですが、このスルタンアフメットモスクにはなんと6本のミナレットが・・・。
17世紀にメッカで6本のミナレットがあって、周囲のイスラム教の国は、スルタンに何故メッカと同じ6本にしたのかと聞いたら、スルタンは「私は『アルトゥン(金)』のミナレットを立てなさいと建築家に命令したが、彼が『アルトゥ(6)』と聞き間違えた・・・と、スルタンは言い訳にそういった。これは、トルコの伝説になっているそうです。
避難されたスルタンは、サウジアラビアのメッカに1基のミナレットを寄贈したので、今はメッカのミナレットは7本だそうです。ミナレットとはお祈りが始まる15分前にアラビア語で「お祈りの時間ですよ~」とイスラム教のイマム(指導者)が市民に呼び掛けるために生歌を歌うための塔です。ただ、今では生歌ではなく スピーカーから歌が流れています。
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入り口の天井のモザイク

イスラム教には五行(ごぎょう)という5つの戒律があるそうです。
信仰告白(シャハーダ):「アッラーフの他に神は無い。ムハンマドは神の使徒である。」と証言すること。
礼拝(サラー):一日五回、キブラに向かって神に祈ること。
断食(サウム):1年で30日の断食。ラマダーン月の日中、飲食や性行為を慎むこと。
巡礼(ハッジ):マッカのカアバ神殿に巡礼すること。
喜捨(ザカート):経済的に余裕があれば収入の5%をを困窮者に施すこと。
モスク内での肌の露出はNGです。ノースリーブやショートパンツの場合は スカーフなど肌を隠すものを持っていくといいそうです
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こちらがブルーモスクの ベスト写真スポット。6基のミナレットがしっかり見えます~ね。
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イスラム教の礼拝は金曜日
夏には音と光のショーも催され、幻想的にライトアップされた夜のブルーモスクの姿も楽しむことができるのです。

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┃★┃ アヤソフィア博物館
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アヤソフィアは聖なる知恵と言う意味。537年にローマの皇帝 コンスタンティウス2世によって作られた教会で、ドームの頂上には十字架があり、ミナレットは当時はなかった。聖堂として建設されたもので、帝国第一の格式を誇る教会、コンスタンティノープル総主教座の所在地であったが、1204年から1261年まではラテン帝国支配下においてローマ・カトリックの教徒大聖堂とされていた。5年間で建物は完成。中の装飾は15年。デザインはギリシアの物理学者ミレトスのイシドロスと、数学者トラレスのアンテミオスによってなされた。
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アヤソフィア博物館と現地ガイドのネリマンさん

各国からの攻撃で大部分は破壊されたが、アヤソフィヤ大聖堂は、残った。
トルコを征服したモハメット2世は、キリスト教大神殿に尊敬を表しアヤソフィヤ大聖堂は破壊しないで、キリスト教的シンボルのキリスト像を漆喰で固め、1453年5月29日から1931年まではイスラム教のモスクとして使い、その後は世俗化された。1935年2月1日から博物館として使われている。博物館に変わったあと、アヤソフィアの漆喰が落され、下から6世紀のキリスト教のモザイクが現れた。キリスト教のシンボルとイスラム教の偶像が両方見られる。地震もあったのに当時の技術で現在まで残ったアヤソフィヤ大聖堂は、面白くて綺麗で不思議な神殿だそうです。
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朝6時、客待ちの間、寝姿のパン屋のおじさん。シミット(ごまパン)というリング状のゴマパン
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アヤソフィア博物館の東側からは、朝日がさし、輝く空が綺麗でした。
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┃★┃ トプカプ宮殿
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トプカプ宮殿はメフメット2世が1465年頃造営を開始し1478年頃までに完成した。 それまで宮殿はグランドバザール東のベヤズットにあった。トプカプは「大砲の門」という意味で、トプカプ宮殿の名はボスフォラス海峡側に大砲が据えられていたことに由来する。当時の宮殿は単なるスルタンの住まいではなく重臣達を集めた会議が持たれ、国の方針が決定される政治の中枢でもあった。スレイマン1世時代の1588年にはハーレムもトプカプ宮殿に移された。 以来オスマン帝国の公式宮殿となり、歴代スルタンが増改築を繰り返した1856年アブドゥルメジット1世がドルマバフチェに宮殿を移すとその役目を終えた。1924年からアタチュルクによって博物館として公開されるようになり現在に至る。

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モメット2世がモスクに入って皇帝だけが暗殺の危険なしで安全に礼拝する『皇帝の門』がある。
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壁面には、イスラム教は偶像禁止なので、草花模様やアラビア文字が描かれている。
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現在トプカプ宮殿は武器・衣装・細密画・陶器などなど お宝がたくさんある展示室があります。
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700万㎡もの広い敷地は4つの庭園エリアに分かれていて各庭園の周りには
・セラムク…男性だけ
・ハレム・・・女性だけ。日本の大奥のようなもの
・ルスタンの居室
・議会 などがあり、宮殿自体がひとつの町として政治・文化の中心地として栄えていました。
ハレムは皇帝のお妃が住んでいる日本の大奥のようなところ。
シュリマン大帝の妃になったヒュッレム・スルタンの歴史的ドラマが、トルコ人の間で興味津々になっているそうです。
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トプカプ宮殿へ向かう道にはトルコアイスの屋台やお土産屋さんなどが並んでいます。
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┃★┃ シルケジ駅
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1888年に建てられた ヨーロッパからの国際列車終着駅で豪華列車「オリエント急行」でも有名。
今でもトルコ国内と西方向の国際線列車が発着しているそうです。
日本のような改札口はないので、ホームの横にあるオリエントエクスプレスレストランなどを覗いてみる。当然まだ開いていないが、このレストランは今日「Orient Express」と呼ばれ、旅行者の間では人気のスポットとなっている 。
また、アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』の舞台にもなった。宮殿の中を通っているが、スルタンは鉄道は大事だから作りなさいと命令した
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マルマライ計画により、地下ホームの建設が進められており、完成後は海底トンネルを通って、アジアへ直通できるようになるそうです。
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┃★┃ ガラタ橋
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ガラタ橋は、トルコのイスタンブールの金角湾に架かる跳ね橋である。初代の橋は1845年に開通した。現在の橋は1994年12月に開通した5代目である。金角湾では鰹が良く獲れて鰹の鱗は金色に輝き、口は角のようなので金角湾と呼ばれたのです。
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長さ490m、主橋脚間80m、幅42mで片側3車線と歩道を備え、市街電車も通る。船が通行する中央部以外は上下二層になっており、上層が車道、下層がレストラン街となっている。ガラタ橋は、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに建築を要請したことがあったらしい。
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ガラタ橋の2階部分では、多数の釣り人が釣り糸を垂れている。バケツやスチロールのトロ箱に釣果が確認できたので、それなりには釣れるのでしょう。背後には、エジプトバザールに隣接するモスク『イェニ・ジャーミィ』が見える。
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おや!?これは何でしょう?水タバコのsetだそうです。mhさんは、ウズベキスタンで経験したようですね。
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┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         
┃★┃ トルコの食事
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トルコの朝食は、スブリーと呼ぶパン。
フェトチーネのようなラザニアのような生地を幾重にもみっしり重ねてケーキ状にして焼き上げた料理。
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ぷるぷるした食感の生地のところどころにはカッテージチーズが入っている。表面は固いパイのようにメリッとしている。オイリーで全体にうすい塩味。塩ごはんに通ずる素朴なうまさ。中は熱がこもってアツアツ。
緑色の野菜は何か?・・・と尋ねたら、「パセリ」と言ってましたが形状と味から「イタリアンパセリ」のようです。
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お店の中のショーケースの中には、ケーキ類が~(*^¬^*)美味しそう~~!
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アジアやヨーロッパ、そしてエジプトなどの文化の行きかうトルコは『文明の発祥地』と言われている意味が実感できますね。
古代からの文化遺産により、トルコは情報と文化に富んだ国となりました。ハッティ、 ヒッタイト、フリギア、ウラルトゥ、リキュア、リディア、イオニア、ペルシア、マケドニア、ローマ、ビザンティン、セルジューク、オスマンはトルコの歴史の中で重要な役割を果たしています~ね。 現地ガイドのネリマンさんのお話をお聞きして、歴史や文化について、もっとトルコを知りたくなりました。
空港でネリマンさんとお別れ!!ありがとう Tesekkur ederim (テシェキュレデリム)
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ネリマンさんとブルーモスクにいた猫

イスタンブ-ル空港について、同じKT社のメンバーに出くわした。大阪発で、コースはイタリア大周遊だそうで、我々より30分遅くついて、空港内でずっと待っていたそうです。イスタンブル市内観光をしてきたことを告げると「サバサンド食べた?」と・・・。
「サバサンドって、なんだろう?」 帰国時のフリータイムの楽しみが・・・ (((o(〃⌒ー⌒〃)o)))ワクワク!
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機内食です

イスタンブールから南イタリア最大都市ナポリへ飛行時間2時間15分。ナポリ着7・15午後13:00.日本との時差は8時間です。(日本時間は、7/15午後21:00)壮大な歴史遺産と活気ある庶民文かが魅力のナポリ。太陽と海に恵まれた南イタリア旅行の中心地は、眩いほどの輝きで我々を誘います。

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● COMMENT ●

良い旅でしたね

素晴らしいですね! 益々見聞が広がりますね。
ご一緒の方も笑顔笑顔で過ごしたのでしょうね!

連日の猛暑、どうぞお身体ご自愛下さい。

monalisaさん、

遂にはじまりましたね。
イタリアの前にトルコの市内見学。早朝からずいぶんといろいろな場所に行ったのね。
ブルーモスクもトプカプ宮殿もゆっくり見せていただきました。
宮本輝の作品でトルコのことを書いているのがあって、いろんな場所の名前が懐かしく響きました。
どの本だったのでしょう。もう一度読んでみたくなりました。

高校の世界史の時間にオスマントルコの辺りの講義が面白くて忘れられません。
トルコは アジアと西洋の両方が混ざっていて、
なんだか不思議に惹かれる国です。

ゴマパンを売っているおじさんの写真笑えました。

続きが楽しみです。

のぶぱぱさん、今晩は~

南部会では、お役目ご苦労様でした。
ツアー客18名のうち、4名は幸ちゃん、きよみさんとうちの旦那と私。
8日間、思い出深い日を過ごしてきました。
次回は、どうする?。。。と、やっぱり元気なうちは一緒に旅したい~ね。
南部会も海外旅行まで手を伸ばしたら、悠々自適な退職組はこぞって参加するでしょう~ね。

今日は、猛暑の中、娘婿のタイムトライアルに付き合って利根川の河川敷に行ってきました。
午後からは、土砂降り・・・ It rains cats and dogs。 と言うやつです。
でも、ちょうどその時はラーメンを食べていた時。
いつもながら雨には縁の薄い私です。

これから南イタリア編に・・・お時間があったら覗いてくださいね。


IKさん、今晩は~

海外旅行をして感じることは、いかに歴史に疎いか・・・と言う事。
ikさんは、しっかりお勉強されたようで、宮本輝さんの小説をもう一度読んでみたくなる境地にまで
達せられたようで・・・ちょっとホッとしました。
8日間の旅行で、結構トルコも面白かった!!・・・というのが印象です。
帰国時にも、面白い所を沢山見てきました~よ。
ハーレム、オスマントルコ、またトルコ人に注目の的・ヒュッレム・スルタンのこと
もっと知りたくなりました。

ikさん、お孫さんのご容態はいかがですか?
今夜も熱帯夜!! お大事に~ね。

イスタンブール、行ってみたいですね。

東ローマ帝国の首都、オリエント急行のターミナル、サマルカンドは文明の交叉路と言われているようですが、イスタンブールの方が洗練された文明交差路という感じですね。マンネリさんの服装は随分ラフですが、これでモスクに入ったのでしょうか?ブルーモスクも、アヤソフィアも現在は毎日のお祈りに使われず観光に解放されているなら問題ないでしょうが、スカーフを持ち合わせていて、すっぽりかぶってモスクに入ったんですかね?
アタチュルクによる政教分離はトルコの発展の契機になりましたが、最近はイスラム教の教義を厳格に守る方向にシフトしているとの情報が多くなっています。貧富の差が拡大して不満分子が多くなってきたからかもしれませんね。
ブルーモスクの写真はきれいに撮れていると思います、半月も浮かんでいて。もう少し日が陰ると空の色はコバルトブルーになって幻想的な光景が見られたかもしれませんね。

mhさんこんばんは~

マンネリさんって、誰かと思いました~よ。
ネリマンですね!? 朝早かったので、モスクの中には入らなかったです。
ブルーモスクは、お祈りに使われていますが、アヤソフィアは博物館になっています。

>もう少し日が陰ると空の色はコバルトブルーになって幻想的な光景が見られたかもしれませんね。
  お訪れたのは早朝でしたので、日が陰ると・・・というより
  日が差すと~かな!?と思いますが、2時間後には周りが明るくなり
  空の色も変わっていました。

トルコには、帰りにも寄りました。自由行動だったので、結構な冒険もしてきました。
トルコにはもっと面白い場所があるようで・・・今後何回行けるか分からない海外旅行ですが
また行って見たい国でした。

11月には、ご家族でルフトハンザでイタリアハイライト8日間の旅を予定しているようですね。
思い出多い、よい旅になるといいですね。


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