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2017-10

オランダ・ベルギーの旅 第3章 (ゴッホ美術館、アンネ・フランクの家、ダイヤモンド工場、ザーンセ・スカンス)2010.5.20 - 2010.06.02 Wed

ゴッホ美術館は、国立博物館から5分ほどの所にあります。
1階は、印象派をはじめ、ゴッホ以前の19世紀のヨーロッパ絵画が収められていて、2階から4階までが、
ゴッホの作品が展示されています。館内の日本語オーディオガイドで作品の説明が聞けます。
黒川記章の設計による別館では、ゴーギャンやロートレックの作品を見ることが出来きます。

★=☆=★=☆=★ ゴッホ美術館 ★=☆=★=☆=★

VAN GOGH(1853-1890) フィンセント・ファン・ゴッホは、不器用で未熟だったそうですが、必死に絵に
取り組んだ駆け出しの頃から、芸術家の域に達するまでの成長ぶりは、目を見張る速さだったそうです。

ゴッホが家族や友人、特に彼の生涯を経済的、精神的に支えた弟テオ。
不遇の画家と有能な画商であった二人の間に交わされた膨大な書簡集が、ほとんど完全な形で残っている
ので、ファン・ゴッホ作品や当時の美術の状況についての理解に役立つだけでなく、書簡文学の傑作とみな
されており、ゴッホの読んだ本や、何を目にして、何を考えたか知る上での貴重な資料となっているそうです。

オランダ時代(1880~1885)
ゴッホは、ほとんど独学で絵を学び、ブリュッセル、アントワープのアカデミーで授業を受けたこともあります
が、自分で本を読み、美術館に通い、友人の画家たちから助言を受け、独学で伝統的な基礎技術を学んだ
そうです。

ブリュッセル、ハーグ、ドレンテ地方などに住み、ブラバント地方のニュネンという小さな村では、
仕事に勤しむ職工や農民たちの姿を描くのに専心し、ミレーのように、素朴で黙々と労働に従事する人々の
生活をカンヴァスに捉えた。この頃の作品の色調は暗く、重苦しい雰囲気に包まれているのが分かります。
マウスオン ゴッホ美術館とオランダ時代の暗い絵「馬鈴薯を食べる人々
<


パリ時代(1886~1888)
パリで画商の仕事をしていた弟テオから、美術界の新しい動向を知らされ、好奇心を掻き立てられ、パリに
向かい1886年春から、モンマルトルに住む弟の家に同居します。

アカデミーの画家フェルナン・コルモンのアトリエで石膏像とモデルに向かいスケッチにいそしみ、
ここで気の合うシニャックやロートレックと知り合う。
モデルを雇うお金がないので、自分の顔を色彩や技法の実験台にして(これは、レンブラントにも通じる所)、
明るく鮮明な色の点や線でカンヴァスを覆いつくすように描く。
日本の浮世絵もゴッホにとっては重要なインスピレーションの源。浮世絵の収集をして油彩で模写する。
gogh
gogh
gogh
gogh
gogh
gogh


アルル時代(1888~1889)
パリの喧騒に疲れ太陽と安らぎを求め、1888年2月南フランスのアルルへ向かう。
南仏を「日本のように美しい」と形容し、日本への憧憬を語っていたらしい。
1888年5月、ゴーギャン達と、芸術家共同体を築こう・・・という目的で≪黄色い家≫を借り、
この家を飾るために書いたのが≪ひまわり≫だそうです。

ゴーギャンとゴッホは、お互いに強すぎる個性で傷つけあい、
ゴッホがゴーギャンに剃刀をもって襲い掛かり挙句の果てに自らの耳の一部を切り落とし錯乱状態になる。

サン=レミ時代(1889~1890)
アルルに近いサン=レミの療養院で回復するまで入院する。
後の研究で、ゴッホの病気の原因は、癲癇の一種であったことが分かったそうです。

主治医の許可を得て外に出て絵を描くことも許された頃の絵は、今にも蠢きそうなタッチで描かれています。
アルル時代の強烈で鮮やかな色彩に比べると、サン=レミで描かれた作品の色調は幾らか和らいでます。
病状が悪く外出できない時は、ミレー、レンブラント、ドラクロワなどの複製画を研究し独自の筆使いと色調で
模写を制作した≪アイリス≫や≪狩り取りをする人のいる麦畑≫などは、この頃の傑作です。
マウスオン黄色い家」は、アルル時代。 「刈り取りをする人々のいる麦畑」は、サン=レミ時代
<


オーヴェール=シュル=オワーズ(1890)
サン=レミの療養院を出て、パリ近郊の芸術家村オーヴェール=シュル=オワーズに住み、
親しい交友関係を持った精神科医ガシェは、自らも絵を描き、作品の収集もしていて、
ゴッホの病気の相談に応じたり、エッチングの技術を教えたりしたそうです。
弟テオに書いた手紙には、「・・・実に美しい所だ。田舎も田舎、特有の雰囲気、まるで絵の様だ」・・・と。
カラスの群れ飛ぶ麦畑
カラスの群れ飛ぶ麦畑
ゴッホの死後、多くの人が作品に魅了されるようになっりましたが、とりわけ人々の胸を打ったのは、
恋に敗れ、また世間にほとんど認められることもなく、病に苦しみ、挙句の果てには、
1890年7月27日、ピストルで自ら命を絶った~と言う悲劇的な人生そのものだったということです。

ゴッホが亡くなった日に発見された手紙には、

「ともあれ、僕は、僕自身の作品に対して人生を賭け、
  そのために僕の理性は半ば壊れてしまった―それもよい―…」・・・と。

兄ゴッホの死後、半年後に、弟テオも亡くなりますが、テオの妻ヨハントによって
「二人の生きるも死ぬも、離れ難し」とオーヴェール=シュル=オワーズの墓地に並んで葬られているんです。

今年は、没後120年にあたるそうです。日本で、ゴッホの作品は、下記 美術館で見ることが出来ます。
2010年4月17日(土)~6月20日(日)までは、森美術館で
ボストン美術館展 西洋絵画の巨匠たち「ゴッホの晩年」

2010年5月26日(水)~8月16日(月)までは、国立新美術館 で
オルセー美術館 2010年 「ポスト印象派」

2010年10月1日(金)― 12月20日(月)までは、国立新美術館 会場:企画展示室1Eで 
没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった

「天才は、一日にして成らず」ゴッホの生きてきた背景と作品を感じ取りに、出かけてみませんか?

★=☆=★=☆=★ アンネ・フランクの家 ★=☆=★=☆=★

フランクフルトから逃げてきたアンネ・フランク一家が、ゲシュタボに発見されてアウシュビッツの強制収容所
に送られるまでの間(1942年~1944年)住んでいた隠れ家は、西教会の傍で目の前には運河があります。
アウスオン
<

アンネは、1942年6月12日の誕生日に両親から貰ったプレゼントの日記帳を「キティー」という名前を付け
「なんでも打ち明けられる信頼できる友」に話しかけるように、6月13日から日記を付け始めます。

13歳になったばかりの作家志望でもあったアンネが書き綴った2年間の日記が、後の世界中の人々に
読まれるようになるとは、想像もつかなかったでしょう。
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父親は、ジャム会社を経営していました。運河で荷物を運搬する職人は、2年間、家族がひっそりと住んで
いる事を知らなかったようですが、会社の女性事務員たちは、知っていたそうです。
マウスオン
<

実際アンネ・フランクは、栄養失調と伝染病で亡くなりますが、
ゲシュタポに荒らされた隠れ家に残されていたアンネの日記を、父親オットーの会社の社員で隠れ家住人で
生活を支援していたミープ・ヒースがこれを発見して、戦後まで保存しました。

8人の隠れ家住人の中でただ一人戦後まで生き延びた父親オットー・フランクは
ミープからこの日記を手渡され、娘アンネの戦争と差別のない世界になってほしいという思いを全世界に
伝えるため、日記の出版を決意し、この日記は55言語に翻訳され2500万部を超えるとも言われる永遠の
世界的ベストセラーになりました。
1947年に『後ろの家』(nl:Het Achterhuis)というタイトルでオランダ語の初版が出版され、
ほどなく各国語に翻訳され、全世界で今もまだ売れ続けています。

日本語版は昭和27年(1952年)に『光ほのかに アンネの日記』というタイトルで文藝春秋から初めて
出版されたそうですが、私がこの「アンネの日記」を読んだのは、小学校5年生の頃だったと思います。
こんな悲惨な生活を少女に虐げる戦争と人種差別に憎しみを感じたものです。

アンネ・フランクの家を出てから、ツアー客の中から「『アンネのバラ」というバラがあって、このバラを
広めている人がいるんですが、一言もこのバラについての話がなかったですね」と質問が出ました。

私も、初耳でした。「ネットで調べてみたらどうですか?」と答えた当事者として調べてみました。

アンネのバラ」・・・「普通、バラの花は蕾が少し開いた状態が一番美しいものですが、
アンネのバラは、蕾の時は赤色。開花するとオレンジ色に黄色がかったいわゆる黄金色で、時間の経過と
ともに日差しを浴びて花弁の先から次第にサーモンピンクに変色し、さらに濃く変色して赤色に近くなる。
色の変化は寒暖の差が激しいほど鮮やかで冴える・・・と言うように、アンネのバラの花色は、美しく変し、
日々色が変わり、そして散り方は実に潔いいそうで、見る者を最後まで楽しませてくれるそうです。

バラ愛好家として、オランダ旅行の記念に、是非育ててみたいと思いました。

★=☆=★=☆=★ ダイヤモンド工場 Gassan ★=☆=★=☆=★

レンブラントの家の近く、ダイヤモンド研磨工場 Gassan では、創造芸術の粋を極め、研磨師達が
常に均斉美と完全無欠なブリリアンカットの57面体に息吹を吹き込んで「パーフェクト ビューティー」を
追求しもっと精巧な121面カットの綺麗で光学的にも究極まで究明された最高の輝きを得られるカットの
「Gassan121」というダイヤを作り出して主要国で最高評価をうけ、世界特許に輝いているそうです。
<<<<<

身を乗り出して説明に聞きいる女性群に対して、一歩も二歩も後ろに下がっているのは、ご主人たちです。
旅先でありがちな、「財布の紐が緩んで・・・記念だから・・・」と、輝きも一段と素晴らしいダイヤモンドを
買いたい所でしたが、・・・・今回は、止めました。~~~ううん、残念。

アムステルダムの北およそ15kmにある風車の村、ザーンセ・スカンスに行きました。
★=☆=★=☆=★ ザーンセ・スカンス ★=☆=★=☆=★
ここは、村全体が博物館の様な所で、田園地帯には、「ヴァーテルランド」と言われる湿地が広がっていて、
昔からのイメージ通りのオランダが残っていて、さしずめ、【オランダの明治村】といった雰囲気で、
ザーン地方特有のグリーンの壁と白い窓枠の家が並んでいます。
trip
木靴工房では、「大きなオランダ人」を実感しました。
オランダは、雨が多く湿地帯なので材料のポプラの木も多く、木靴作りの実演販売では、機械で、5分位で
木靴が出来てしまい驚きです。特に、寒い冬や雨が降った後、どろどろになったところを歩くにも、雪の上を
歩くのにも、暖かくて軽いので便利なようで、田舎では普通に農家の人が履いているようです。

ザーン川に沿って4基の風車が並んでおり、一番手前の風車では、1802年から辛子の粉を引いていて、
【ザーン・マスタード】の名で、shop販売されており、バルサミコ入りのマスタードもありました。
珍しい物好きの私は、お土産に・・・勿論、買いましたよ。

伝統的なチーズ作りを見せてくれる【 De Cathaina Hoeve 】では、ゴーダチーズの販売をしています。
チーズの主材料は、牛乳とレンネット(凝乳酵素)。外見は黄色がかった茶色い円盤型をしており、
中は白から黄色。熟成と共に色が変化し、クミンシードやニンニクなどを用いて香りをつけたものもあり、
熟成されたゴーダの中には表面が黒いものもある。

風車を眺め久しぶりに見かけた鶏やウサギを追い美味しい空気を吸ってザーンセ・スカース村を散策です。
<Zaanse Schans>
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この時期に、ヨーロッパンに来ていつも感じる事は、夜10時過ぎになってやっと日が沈む事です。
trip
雨にも降られず、さしたるトラブルにも会わず、2日目の旅程を済ませました。




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● COMMENT ●

やっぱオランダといえば風車ですね。
また、アンネさんの家、ていうか建物が皆、
いかにもヨーロッパって感じがして
綺麗ですね。
木靴は、きっと今では工芸品なんでしょうが、
日本でいえば、さしずめ下駄といったところでしょうか。
下駄なら、歩けますが、
木靴はちょっと辛そうですね。

本当に履きにくそうな木靴

清貧おやじ殿
 Goedemorgen.
 海面より土地が低いオランダだからこそ、昔から風車の必需性が高かったんでしょうね。
 ツアコンは、木靴を履いて、観光案内してみたい・・・と言っていましたが
 きっと「してみたい」に留まっているだけでしょうね。
 サボとか、私は好きではありませんが、クロックスなどに通じる履き物。
 木靴が、今でも履かれているのは、水と寒さとの関連からでしょうか。
 植木鉢になっている木靴を見かけましたが、
 実際は、民芸品と化しているでしょうね。

 
 

オランダ・ベルギーの旅 3章

こんばんは!

ゴッホの作品が人生のすべてを懸けていたとは、驚きました。
ゴッホの印象は、私にとってはあまり良くなく、好きなのは“ひまわり”くらいでした。
でも、monalisaさんのおかげでゴッホの印象が変わりました。
それにしてもあまりにも個性的で、強い個性が作品の中にあるんですね。
その変遷も興味深く見せていただきました。
生涯支えた弟さん、そしてその奥さまの素晴らしさは感動的です。
不遇の画家? 幸せな人だったのではなかったか?

アンネの日記がお父さんの手で出版された経緯は、切なく、ただ一人残ったお父さんの心の痛みを感じずにはいられません。
戦争の悲劇と罪を思います。
何のために起きたものだったのか!
恐怖と闘った日々の貴重な資料の一つですね。
アンネのバラがmonalisaさんのお庭で開花する日を楽しみにお待ちします =^-^=

ダイヤモンドの「パーフェクト ビューティー」の追求・・・驚きました。
宝飾品には縁がない私ですが、ブリリアンカットのダイヤの指輪は一つだけ持っています。
究極の「Gassan121」は、一度でいいので見たいです (゚∇^*)

村全体が博物館の様な田園地帯のザーンセ・スカンスの風景は素晴らしいですね。
木靴が素敵です!
マリーゴールドが挿してあるのも・・・(o^-^o)
写真が素敵ですね! ヨーロピア~ンな(とーぜん!)感じです。
貴重な思い出のページがまた一つ。

オランダ・ベルギーの旅 ・・・2日目で3章ですから~~

mammyさん、Goedemorgen.

> ゴッホの作品が人生のすべてを懸けていたとは、驚きました。
> ゴッホの印象は、私にとってはあまり良くなく、好きなのは“ひまわり”くらいでした。
  「芸術家」と言われる人は、心で感じた物を形にして、
  独自のカラーを打ち立てアピールする訳ですから、
  漫然と暮らしている人には、感じ得ない、計り知れない心の葛藤があったんでしょうね。
  作品が出来上がるまでには、多大な時間がかかっているわけですから、
  年代ごとに見ると、心の変遷が、ゴッホの場合、判り易いですね。
  
  今回の旅行で、絵の見方、感じ方を再確認しました。

> 不遇の画家? 幸せな人だったのではなかったか?
  ゴッホにも、好きな人がいたようですが、両親に許されない相手で
  そんな訳で、両親とも疎遠になっていたようです。
  そんな兄を、物心ともに支えた弟とその奥さんは、素晴らしいですね。

> アンネのバラがmonalisaさんのお庭で開花する日を楽しみにお待ちします =^-^=
  mammyさんは、アンネのバラの事知ってましたか?
  
  アンネ・フランクが育てていたバラではなくって、
  「アンネのバラ」は、育種家によって、アンネの死後、作出された訳ですが、
  バラの親になったのはレーヴ・ド・カプリ(Reve de Capri)と
  シャントクレア(Shanteclerc)というバラ。
 
  レーヴ・ド・カプリの親はプレジデント・ハーバート・フーヴァー。
  アメリカ合衆国の第31代大統領の名前を頂いています。
  フーヴァー大統領が就任したのは1929年。アンネ・フランクの生まれた年です。

  シャントクレアの親はピース。
  1945年ベルリン陥落(アンネたちユダヤ人を迫害したナチス・ドイツの敗北を意味します)を記念して名付けられたバラです。
  偶然とはいえ、アンネのバラの祖父母にあたる二種のバラは、アンネに少なからず関連を持っている・・・と分析されています。  

  花色が変化してとても綺麗な「ピース」は、育てたことがありますが、
  こんな言われがあることは、今知りました。
 
> ダイヤモンドの「パーフェクト ビューティー」の追求・・・驚きました。
> 宝飾品には縁がない私ですが、ブリリアンカットのダイヤの指輪は一つだけ持っています。
  欲しいものは、大体揃って、唯一ダイヤのピアスが欲しい・・・と
  いまだかってピアスの穴も空けたことがなかったんですが、
  4月にあるご縁で、ダイヤのピアスを買ってしまいました。
  そういう意味で、・・・残念です。

> マリーゴールドが挿してあるのも・・・(o^-^o)
  この木靴は、ゴッホ美術館の傍の売店の店先にあったものです。
  こんな利用法も面白いですね。
> 写真が素敵ですね! ヨーロピア~ンな(とーぜん!)感じです。
> 貴重な思い出のページがまた一つ。
  2000枚近い写真の中には、個人的な思い出がいっぱい、整理に手間がかかります。
  mammyさんのお陰で、沢山の貴重な写真を関連付けてブログUP出来ます。
  ~~~いつも編集しながら、有難く思っています。~~~
  
  2日目で3章ですから、先が思いやられますね。
 
  最後のザーンセ・スカンスは、4章で書き始めていましたが、
  今後を考えたら引っ張りすぎる旅行記になっちゃうので
  コピーして、「エイ、ヤ~~」と・・・

  長々、お付き合いいただき有難うございます。


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